奈良 興福寺周辺  興福寺  奈良ネット

興福寺も東大寺などと共に世界遺産に指定された美しい寺社仏閣です。現在修復・発掘工事などを行っているために風貌に難ありな部分もありますが今後の為に気長に待ちたいです。

2002 Summer                  
中金堂の東にある金堂で、東金堂と呼ばれる西向きのお堂で726年聖武天皇が叔母の元正太上天皇の病気全快を願って造立されました。再建を繰り返し、今の建物は1415年に再建されました。



730年、興福寺の創建者藤原不比等の娘光明皇后が建立しました。その後5回の焼失・再建をへ、1426年頃再建された日本で2番目に高い塔です。創建当初の高さは約45mで、当時日本で最も高い塔でありました。
710年、平城遷都の際に、藤原不比等(藤原鎌足の息子)が飛鳥にあった厩坂寺(うまやさかでら)を移築し、興福寺に改名。法相宗の大本山。藤原氏の氏寺として藤原氏の隆盛とともに寺勢を拡大し、奈良時代には南都4大寺、平安時代には南都7大寺の1つとして栄え、以後鎌倉時代には大和守護職を勤めるまでになりました

南円堂

紅い建物は興福寺の中でも目立っています。813年、藤原冬嗣が父、内麻呂追善のために建てたもので
国宝不空絹 観音坐像が安置されており、西国観音霊場第九番札所として多くの人に親しまれています。
北円堂も南円堂を模して造られているようです。


国宝館

食堂(じきどう(僧侶が食事をする建物))が建てられていた場所に、昭和34年鉄筋コンクリート造り耐火式の文化財保存収蔵庫として開館され、奈良時代創建当初の食堂の外観を復元し、地下には旧食堂の奈良時代以降の遺構保存が計られています。
藤棚が美しい不動明王を祀っているところなのですが、建物の名前がよくわかりません。残念
興福寺は再度拝観にゆっくりいきましょう  

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